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高松市立・玉藻公園【史跡高松城跡】

高松城は、天正15年(1587年)に、生駒親正が築城した平城(水城)で、縄張り(設計)は築城の権威であった黒田孝高(如水)とも細川忠興ともいわれています。日本の三大水城と呼ばれていて、瀬戸内の海水を外堀・中堀・内堀に引き込んだこの城は、本丸を中心に時計廻りの方向に二の丸・三の丸・桜の馬場・西の丸が配され、 三重の堀とともに堅固な構えとなっていました。往時の城の面積は約20万坪で、現在の玉藻公園(約2万4千坪)の8倍の広さがありました。城跡には重要文化財の月櫓・水手御門・渡櫓・艮櫓(うしとらやぐら)とともに石垣や堀などが残り、昭和30年3月2日に国の史跡に指定されています。
西入口

西入口


高松駅から見えるのが、400年の歴史をの持つ三大水城のひとつ高松城跡の公園です。

月見櫓・水手御門・渡櫓

月見櫓・水手御門・渡櫓(昭和25年8月29日 重要文化財指定)


月見櫓は出入りする船を監視するとともに、藩主が江戸から帰ってくるのを、望み見たので「着見櫓」ともいわれています。薬医門様式の水手御門は、いわば海の大手門になります。

旧玉藻廟

天主閣跡「旧玉藻廟」


生駒氏の頃は三層四階の天守でしたが、松平氏時代の寛文9年(1669年)頃に三層五階に立て替えられ、明治17年老朽化により取り壊され、その跡に松平頼重を祭った玉藻廟が明治35年に建てられました。その後,御神体は移され、現在は建物だけを残しています。

桜御門跡

桜御門跡


旧文化財保護法により国宝(現在の重要 文化財クラス)に指定されましたが、昭和20年の高松空襲により焼失しました。石垣や礎石に焼けた跡がみられます。

艮櫓

艮櫓「旧太鼓櫓跡」(うしとらやぐら)


艮櫓は北東の方向を丑寅という ことからこの名があり完成は延宝 5年(1677年)頃といわれ 三層三階・入母屋造・本瓦葺で、千鳥破風があるのが特徴です。東乃丸(現在の県民ホール)より旧太鼓櫓跡に2年のをかけて移築復元されました。

旭橋と旭門

旭橋と旭門


かって、城の南側の桜の馬場の南中(現在の南西隅)に大手門がありましたが、寛文11年(1671年)頃、三の丸に藩主の住居である旧披雲閣が建てられたため、これを廃して新たに東に旭橋を架け、それを渡って旭門から出入りするようになりました。

最新ニュース・行事等は、玉藻公園【史跡高松城跡】公式サイトで御覧ください。http://www1.quolia.com/tamamo-yosi/

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